今ここにある地域の魅力を伝えること。今はまだない地域の魅力をつくること。その両方にチャレンジしているのが、習志野市谷津に特化したコミュニティサイト「谷津lab」を運営する長島裕樹さんです。
谷津という小さな町のなかで、どのようにコミュニティづくりに取り組んできたのか。それによって地域や自分自身にどのような変化が生まれたのか。
長島さんの幼少期の思い出にまで遡りながら、お話しを伺いました。
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京成谷津駅南口から谷津バラ園へとまっすぐ延びる谷津遊路商店街。石畳で舗装された200メートルほどの小径には、小さな個人商店が軒を連ねています。閑散としているわけでもなく、かといって騒然としているわけでもない。おだやかで心地よいざわめきが通りを満たしています。
どこかほのぼのとした気持ちでその町並みを眺めていると、間もなく長島さんがいらっしゃいました。聞くと「昨日ちょうど卒論を提出したばかり」だと言います。そう、長島さんは現役の大学生でもあるのです。お忙しいなか、ありがとうございます。それにしても素敵な商店街ですね。
「この辺りは、昔からあまり変わらないですね。14号の向こう側にセントラル(フィットネスクラブ)があるじゃないですか。妹が小さい頃、あそこでスイミングを習っていたんです。その送り迎えのときなんかに、よくこの商店街を通っていました」
物心ついた頃から谷津で育ち、向山小学校、習志野市立第一中学校を卒業した長島さん。幼少期のお話しを伺っていて「これは本当に地元の人ならではの感覚だなあ」と印象的だったのが、次のような「遊び場」についての思い出です。
「小中学生のときの遊び場といえばモリシアでした。それは絶対にパルコではなくて。JRを超えると別世界というか、おれたちのテリトリーじゃない!みたいな感じなんですよ。とにかくモリシアのイートインスペースで、モンハンばっかりやっていました」
子どもたちだけが共有している「縄張り」の意識。この辺りで育った人でなくとも、自分の地元に置き換えてみるときっと共感できるのではないでしょうか。
さて、中学校を卒業すると市川市内の高校へと進学した長島さん。地元の習志野でも、お隣の船橋でもなく、あえて市川を選んだ理由がなんともユニークです。
「おばあちゃんが占い師なんです。中3の冬に手相を見てもらったら、『西の方角の高校にしなさい』と言われて。実はもうその時点で、志望校は決めていたんですよね。でも、そこはウチから思いっきり東側で……。ギリギリまで迷って、最後はおばあちゃんを信じることにしました」
その結果、見事に合格したことはもちろん、「自分にぴったりの校風だった」というのだから、おばあちゃんの占い恐るべしです。「大学受験のときは、占いよりも学びたいことを優先しちゃいましたけどね」と、ちょっと申し訳なさそうにつけ加える長島さん。
以前から関心のあった観光について学ぼうと、谷津から通える都内の大学へと進学。ところが入学後は授業そっちのけで「異文化交流」にハマってしまったそうです。
「留学生が集まる国際交流センターという建物に入り浸るようになってしまって。生まれも育ちもバラバラな彼らと一緒に過ごすことが、とにかく刺激的で楽しかったんです。おかげで英語も話せるようになったし、世界中に友だちもできました。ほんと、ビビらず飛び込んでいって良かったなと感じています」
きっかけはコロナ禍。この町らしさって、何だろう?
学生生活に転機が訪れたのは2020年1月。新型コロナウイルスのパンデミックが世界を覆います。仲良くしていた留学生たちは一斉に帰国してしまい、長島さん自身も予定していた海外留学がキャンセルに。
「オンラインインターンとして仙台のデザイン事務所で働いてみたり、自分なりにできることはしていたのですが、やっぱりどこか力を持て余しているような感覚があって。家にいても煮詰まるばかりだったので、感染状況が少し落ち着いたタイミングで、国内を旅して回ってみることにしたんです」
最初に訪れたのは富山。それから東北、四国、中国地方と、さまざまな土地の自然や文化にふれ、そこで暮らす人たちと言葉を交わす。そうした経験を積んだあとで、改めて谷津に目を向けてみると、見慣れたはずの景色がどこか変わって見えたそうです。
「たとえば谷津って、個人店が多いですよね。ずっと地元にいると、そういう当たり前のことになかなか気づけなくて。そこをちょっと意識してみるだけで『ここがお肉屋さんで、こっちはフレンチ……。おお、クラフトビールを出しているお店もあるのか!!』みたいな発見がいくつもあったんです」
この町にはほかにもたくさんの価値が眠っているのかもしれない。だったら自分がそれを掘り起こして、みんなに伝えられないだろうか。
と、そこまで考えることのできる人はきっとほかにもいるでしょう。けれどそこから実際の行動へと移れる人は、決して多くはないはずです。
「地域に貢献したいという思いもありましたが、それだけではなくて。とにかく何かしたくてウズウズしていたんです。もっと言ってしまえば、焦っていたんです。周りの友人たちは、コロナ禍でもどんどん新しいことにチャレンジしていたので、そろそろ自分も一発やらなきゃ、と。そんな思いも抱きつつ、2022年の2月に谷津labのInstagramアカウントを開設しました」
リアルもWebも。世代も関係なく巻き込みながら
Instagramで投稿をはじめるにあたって、まず意識したのは「情報の時系列」だと言います。
「地域の情報発信というと、飲食店の紹介といったその町の”今”を切りとる投稿がメインになりがちです。それも重要なのですが、僕はまず”過去”から、つまり町の歴史から紹介していこうと考えました。その方がアカウントの説得力が増すし、差別化にもなると思ったんです」
この読みが見事に的中。週に2回の投稿とそれほど更新頻度は高くないにもかかわらず、アカウント開設からわずか一カ月ほどでフォロワーが100人を突破します。
「このくらいのタイミングで、”今”を発信するフェーズへと移行しました。それが直感的にわかるようにサムネイルのデザインを変えてみたりと、細かな工夫もしています。飲食店の紹介をはじめたのも、この時期です。飲食はやっぱりコンテンツとしてすごく強くて、フォロワー数の伸びが一気に加速しました」
谷津という限られたエリアのなかで、息切れすることなく情報を発信し続けるために、投稿の仕方にも工夫があります。
「飲食店を取材したら、まず1回目はお店の特徴などを全体的に紹介します。それから少し間をあけて、同じお店でも今度は特別メニューなど商品にフォーカスした投稿をして、もしそのお店がイベントやキャンペーンをやっていれば、もう1回投稿できる。こんな感じでネタ切れを防いでいました」
さらに市外から招いたゲストに、その人が感じた谷津の魅力を語ってもらう「谷津with」をはじめとしたシリーズものの企画も用意。インターンなどを通じて磨いたという企画力のなせるわざです。
こうした施策と並行して「地域のみなさんから直接情報を集めよう」と考えた長島さん。そこで開設したのが、谷津labの公式ホームページです。
「いわゆる画像掲示板ですね。谷津に関する写真であれば、誰でも自由に投稿できるようになっています。ホームページはより多くの人に届けたかったので、飲食店さんなどにお願いして、QRコードを印刷したポスターを貼らせてもらったりもしました」
画像掲示板というと、どこか懐かしいサービスという印象を抱く人もいるかもしれませんが、アプリのダウンロードやアカウント登録といった手間がかからず、カメラとWebブラウザさえあれば誰でもすぐに利用できることは大きな強みです。
谷津のようにご高齢の方の多いエリアで、ときにはSNSと同じかそれ以上に有効な情報発信ツールだと言えるのかもしれません。
「ハッシュタグを使えばInstagramでも似たようなことはできますが、それだとSNSに馴染みのない世代の方には届きづらい。実際、ホームページに寄せられる投稿やコメントは、Instagramのそれとはずいぶん雰囲気が違っていて。より幅広い世代の方を巻き込めているという手応えを感じています」
さらに2022年の7月には『谷津ship~谷津で「夜活」しませんか?~』と題して、初のリアルイベントを開催。9月にはPOLA津田沼店とコラボしてマルシェを開催するなど、地域の人や企業を巻き込みながら、その活動は一気に広がっていきます。
「個人的に嬉しかったのは、商店街の夏祭りに出店できたこと。ホームページに投稿してもらった写真をセレクトして、フォトブックを販売したんです。中学生の頃から友人と『いつか自分たちも夏祭りに屋台を出したいね』なんて話していたので、ひとつ夢が叶いました」
恥ずかしを乗り越えてみたら、町がジブンゴト化した
先月で開設から一年を迎えた谷津lab。これまでの活動を通じて、谷津に対するイメージや思いに、何か変化はありましたか?
「うーん、僕のなかでの谷津のイメージは、そんなに変わっていなくて。でも、この町で暮らす人の顔の顔は、前よりもずいぶん見えるようになりました。そこが一番の変化じゃないでしょうか。人とのつながりが、とにかく増えましたから」
谷津labの活動をきっかけに知り合った地域の人の数は、すでに500人を超えているそうです。
「商店街ですれ違ったりすると、みなさん、何かと声をかけてくださって。この一年間で、地元がちゃんと地元になったというか、町をジブンゴト化できた気がします」
ただ暮らすだけではなく、地域の人々とかかわりながら、ジブンゴトとして町を捉え直していく。そんなふうに生きられたら、きっと毎日が今よりも楽しくなりそうです。
けれどその一歩目を踏み出す勇気がなかなか湧いてこないという人も、やっぱり多いと思うのです。
「勇気というか、最初は恥ずかしいんですよね。僕みたいに地元で活動するとなるとなおさらです。行くところ行くところで『ああ~、長島さんトコの!』とか言われますからね」
たしかにそれは、ちょっとムズムズするかもしれません。
「こういうインタビューでちょっとカッコつけたことを言うと、家族とか昔からの友だちとかに全部バレちゃうわけです。そりゃ恥ずかしいに決まってますよ。でも、それを乗り越えないと何もできないですしね。というより、自分をさらけ出して、恥ずかしい思いをすることで、はじめてコミュニティの一員になれるんじゃないでしょうか。最近は、そんな気もしています」
正しく恥をかくこと。その大切さを、20代前半にして理解している長島さんは、すごい。その姿勢を少しでも見習わなければと居住まいを正しつつ、最後にこれからの目標を尋ねてみました。
「谷津labの取り組みを全国に広げていきたいですね。谷津labには、姉妹labという仕組みがあって、すでに群馬、静岡、大阪で三つのlabが動き出しています」
全国にいくつもある谷津のような小さな町が、それぞれ情報を発信するようになったら。ローカルのあり方が、大きく変わりそうです。
「いつかそんなプラットフォームをつくれたらいいなと思っています。それとこれは目標をいうわけでないのですが、3月4日から5日まで『ヤツカフェ』さんをお借りしてPOP-UPイベントの開催を予定しているんですよ」
おお、そうなんですね! どんなイベントなのか詳しく教えてください。
「高知県四万十町を拠点に全国各地で活動するオンライン古着屋『piyons』さんとコラボして、piyonsさんが厳選した古着を販売します。谷津labとしてはフォトブックと卓上カレンダー、マグカップ、それと僕自身が執筆した『ライフチップス』というエッセイ本も販売します。これまで谷津labに関わってくださった方に直接感謝を伝えるイベントにもしたいと思っているので、みなさんぜひお越しください」